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日達上人御遷化の疑難について

顕正会の日達上人誹謗に根拠なし!宗門には「内藤みどりの親戚」も

浅井を信じ墓穴を掘った教学委員

顕正会が、突然、総本山第六十六世日達上人の御臨終に関する誹謗を繰り出したのは、今から二年前の平成三十年秋からであった。顕正会の思惑は、それを最大の攻撃材料にして全国の正宗寺院に〝法論〟を挑み、正宗寺院を屈服させることにあった。

この時、利用されたのが、顕正会男子部組長の「内藤某」という人物。まず、内藤某が同年九月の総幹部会に登壇し、「当時大石寺の従業員だった母親・内藤みどり(故人)から聞いた」として、日達上人の御遷化を「悪臨終」「ドス黒く、阿鼻獄を恐れ叫んでいるような相」などと口汚なく誹謗した。そして、この発表を受ける形で会長・浅井昭衛が、
「宗門側の誰もが隠して何も言わないので、今日までわからなかった。それをきょう始めて聞いた」
などと言って、あたかも日達上人の御臨終に関する唯一の証言を得たかのように装い、内藤某の話に信憑性を持たせようとしたのである。

だが、これらの発表が『顕正新聞』に掲載されるや、本紙は、「母親から聞いた」という内藤某の〝証言〟とやらのウソを暴(あば)き、徹底的に糾弾した(『慧妙』平成三十年十二月十六日号、平成三十一年一月十六日号)。

その時の糾弾内容を、以下に簡単におさらいしておくと、
①日達上人が御臨終に際して「半眼半口の御温顔」の妙相を現ぜられたことは、当時の宗門機関紙『大日蓮』(昭和五十四年九月号)に報じられている。その『大日蓮』を確認していながら、「誰もが隠して何も言わなかった」などというのは、浅井昭衛の〝たばかり〟である。

②さらに本紙は、日達上人の御臨終に際し、間近にお仕えしていた方々の証言を多数、掲載。一様に、日達上人の妙相に感激したことを述べ、「ドス黒く」云々が大ウソであることを断言した。

③極めつけは、顕正会が「日達上人の御臨終が悪相だった」と誹謗する、その唯一のネタ元とされる「内藤みどり」は、顕正会側が言うような〝日達上人の縁戚〟でもなければ、日達上人の病室にお見舞いに行ったこともなかった、つまり、日達上人の御臨終の相を拝見することなどできなかった、ということが、関係者の証言で明らかになったことである。

こうして、日達上人に対する誹謗が根底から打ち砕かれているにもかかわらず、恥知らずな浅井昭衛は、前言を撤回・訂正することなく、浅井の言うことしか信じない会員らは「ネタ元は日達上人の縁戚の内藤みどり」と信じたまま、「証拠がある」の一点張りで押し通してきた。
しかし、そういうゴマカシが続くはずもなく、今般、その強気の一点張りが、ついに顕正会の教学委員君の首を絞めることとなったのである。

宗門には「内藤みどりの親戚」も もはや顕正会に反論は不能

本年五月三十日、鹿児島県霧島市の恵楽寺において、顕正会員四名と恵楽寺側三名による法論が行なわれた。顕正会側の中心は今村某という教学委員で、恵楽寺側は御住職の武安良正御尊師が中心である。

その法論の際、武安御尊師が、話の成り行きから、
「母・内藤みどりから聞いたという内藤某の話はまったくの虚偽です。内藤みどりは日達上人の縁戚でもないし、日達上人のおそば近くに行けるような立場でもなかった」
と断言した。「なぜ、そう言えるのか」と聞く今村に、武安御尊師は、
「私は内藤みどりの親戚だからです。内藤みどりは、母方の祖父の姉です」
と、衝撃の事実を告げた。

今村は驚きうろたえ、シドロモドロになりながら、「顕正会では、渡辺清美さん(みどりさんの姪〔めい〕)からも証言を得ている」などと反撃を試みるが、武安御尊師は、
「渡辺清美さんとは私も親戚づきあいをしているが、その渡辺さんも『みどりさんは日達上人の縁戚ではない』とハッキリ否定していますよ。なんだったら、今、ここから、渡辺さんに電話してみましょうか」
と追い打ちを掛けると、今村の声は消え入りそうに。

だが、武安御尊師が、
「内藤みどりが日達上人と親戚であることを証明してくださいよ」
と詰め寄った時、今村は、
「あ、証明書、ありますよ」
と、我が意を得たりというような軽やかさで即答し、持参の資料からそれを探し出そうとした。しかし、証明するような資料はいっこうに出てこない。

今村、「ちょっと待ってください、証明書、ありますよ」「あれ……ちょっと待ってください……。証明書出たら(どうする?)」
結局、この日、教学委員・今村は、内藤みどりと日達上人の縁戚関係を示す「証明書」を出すことができなかった。

そして、日は変わり、六月二十七日。今度は、同県阿久根市の浄願寺に顕正会教学委員らが来て法論が行なわれた。その中に今村もいた。
その法論の際、「細井管長(日達上人の事)は真っ黒だったって!」と大声を張り上げる今村に対して、浄願寺御住職・郷道輝御尊師が「証拠を出してください。どこにあるんですか!?」と詰め寄ると、今村は「そう言っている人がいるんだよ!」と。

その流れの中、恵楽寺での経緯を録音で聞いていた郷御尊師が、今村に対し、「内藤みどりが日達上人の縁戚だという証拠があると言っていたよな? 見せてよ」と促した。すると、今村は慌てて、
「俺、証拠あるって言っていないぞ。わからないって言ったよ。調べておくって言ったよ。(その時の会話は)録音してるぞ。ね、録音してるぞ」
と言って逃げを打ったのである。

わずか一ヵ月前に「ある」と断言していたことを、しれっとして無かったことにしてしまう―なんとも呆れた恥知らずぶりであるが、そもそも今村ら鹿児島方面の男子部は、顕正新聞発行人で副総男子部長の小沼貴寛の直轄だという。だとすれば、彼らの変節言動も小沼の入れ知恵によるものか。

かつて小沼は、関東方面の御僧侶方と対論した際、「日達上人の臨終の件で、慧妙を破折する」と豪語し、「内藤みどりが(日達上人の)親戚であるという事実が分かったらどうしますか?」と啖呵を切ったようだ。しかし、いまだ慧妙を破折したという事実はない。

加えて、今回の今村の大失態によって、小沼の啖呵もハッタリだったことが露見した。小沼こそが窮地に追い込まれる事態になったのである。

顕正新聞発行人として浅井昭衛の最も側近くにいる小沼は、日達上人御遷化にまつわる顕正会の誹毀讒謗(ひきざんぼう)には根拠がなかった、ということを、身にしみて自覚していることであろう。歴代の発行人同様、早く浅井の無節操に見切りをつけ、大謗法の道から脱出すべきである。(『慧妙』令和2年7月16日号より転載)