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顕正会のニセ本尊

顕正会 三種の「ニセ本尊」
① 日布上人の大幅御形木御本尊②日布上人の御形木導師御本尊③日寛上人の御形木御本尊

三種の「ニセ本尊」とは!

1. 顕正会の地方会館に安置する「日布上人の大幅御形木御本尊」と称する本尊

2.「日布上人の御形木導師御本尊」と称する本尊

3. 自宅を個人会館としている幹部が受けている「日寛上人の御形木御本尊」と称する本尊

1.「顕正会の地方会館に安置する日布上人の大幅御形木御本尊」と称する本尊

この本尊は、顕正会が主に地方会館開設時に安置する本尊ですが、その元の御本尊については『顕正会破折Q&A』に

「日付が『大正五年十二月大安日』であることから、その元は、妙光寺に所蔵されていた御形木御本尊で、時の御法主上人の許可を得て、かつて妙光寺から下付されていたことがわかります。この御本尊の大きさは、およそ縦20センチ・横13センチであり、大幅の本尊などではありません」(該書93頁)

とあるように、総本山第55世日布上人の御形木御本尊で、かつて大正から昭和29年頃まで、一般信徒に下付されていた御本尊です。

しかし、実際に顕正会を脱会した方や現役の会員に尋ねると、「そんなに小さな本尊ではない」「本紙は真っ白だった」、さらに「日付は大正五年十二月と書いてあった」という証言が数多くあることから、従来の御本尊を拡大偽造したものを作り、「大幅御形木御本尊」と称して、地方会館に祀っていることはまちがいありません。

また、現在でも、この日布上人の御形木御本尊を御安置している法華講員がいますが、その方の御本尊様を拝しても、御当代日如上人の御形木御本尊とほぼ同じ大きさであり、大幅の御本尊ではないことが分かります。

本物である日布上人の御本尊が現存する以上、寸法の異なる、しかも大幅に拡大された本尊であれば、それは「拡大偽造のニセ本尊」であることは明らかです。

日蓮大聖人は、御本尊のことについて、「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」と仰せのように、御本尊は、まさに日蓮大聖人の御魂であり、御本仏の御生命そのものであります。

それゆえ、御本尊を御書写し、仏の生命を吹き込むことができるのは、日蓮大聖人御自身と、唯授一人の血脈相承によって日蓮大聖人の法体とお悟りを受け継がれた御法主上人のみなのです。

したがって、信徒除名になった謗法の輩が勝手に印刷した本尊など、それはもはや、仏様の御生命とは何の関係もない、その辺の神札などよりももっと罪の重い、御本仏に背く大謗法で、魔仏のかたまりです。その魔仏のかたまりを拝まされる顕正会員は、成仏どころか、罪を無間に開いていくことになります。

2.「日布上人の御形木導師御本尊」と称する本尊

そもそも、導師御本尊とは、葬儀において故人を成仏に導くための御本尊で、各末寺の御住職を願主として御法主上人より下賜される、御法主上人御直筆の御本尊です。

かつて浅井昭衛は、「顕正会の導師曼荼羅には大日蓮華山大石寺と脇書がある」と言っていましたが、そもそも、そのような脇書の導師御本尊は日蓮正宗には存在しません。正当な導師御本尊であれば、必ず願い出た御住職の名前が認められているはずです。

脱会された元顕正会員によれば、それまで松本日仁の名前が認められていた導師御本尊を使用していたのが、いつの間にか会館安置と同じ日布上人の形木本尊に変更されていたという証言もあります。

また、現役顕正会員が臨終の相についてまことしやかに語ってきたとき、「その葬儀の時に掛けた御本尊の右上には何て書いてあったか?」と尋ねると、即答で「現当二世と書いてあった」と証言したとの実例もあります。明らかに導師御本尊の相貌ではありません。

つまり、顕正会では、実際の葬儀において「御形木導師御本尊」自体を使用していない可能性があります。よくよく考えてみれば、たった六幅で全国会員の葬儀を賄うなど不可能であり、浅井は端(はな)から導師曼荼羅を使用する気などなく、会員を欺いているのです。

いずれにしても、葬儀で使用している本尊も無許可のニセ本尊であり、成仏に導く資格のない在家が導師をするママゴト葬儀では、成仏など思いもよらず、堕地獄は必定です。

3.自宅を個人会館としている幹部が受けている「日寛上人の御形木御本尊」と称する本尊

この本尊は、はじめは「数百幅」だったのが「多数」「大量に」と、浅井が数については曖昧にしており、現状、どんどん数が増えているようです。

従来の日寛上人の御形木御本尊は、日達上人の御形木御本尊が下付される前、昭和30年頃から40年まで下付されていた御本尊で、古くから信仰されている法華講員の中には、現在でも御安置している方もいます。

しかし、顕正会では、昭和49年の解散当時、すでに下付されなくなった日寛上人の御本尊を松本日仁から受け取り、それを会員に配布しているのです。かつて浅井は、『富士一跡門徒存知事』を引用して、
「大事の御本尊を印刷すること自体が不敬。また信心も決定せぬ者にやたらと授与することが不敬」(『顕正新聞』昭和54年11月15日号1面)
と主張していました。

言うまでもなく、本宗において、御本尊の書写・授与・開眼等、一切の権能は、唯授一人血脈付法の御法主上人に限ります。この絶対の化儀に背いて勝手に本尊を印刷し、御授戒も受けていない謗法者に「やたらと」配布しているのは一体誰でしょうか。

自宅拠点である顕正会員に対しては、
「あなたの自宅に安置している本尊は誰に授与されたのか。浅井昭衛にその資格があるという大聖人か御歴代上人の御金言を出しなさい」
と厳しく破折し、資格のない浅井から渡された本尊は無許可・無開眼のニセ本尊であり、それを祀っていること自体が、それこそ御本仏大聖人の御遺命を破壊する大謗法に与同することになり、堕地獄は必定であると諭してあげることが大切です。