資料集

顕正会の悪辣極まる虚言を斬る‼日顯上人の御葬送に携わった葬儀社社長が怒りの証言

「事実無根の邪悪な誹謗はやめよ!」

真浄社代表・了性坊信徒 能登 弘司

昨今、異流義集団・顕正会が、事実無根の「伝聞の又聞き」をもって、御先師日顯上人の御臨終の相について口汚なく誹謗を繰り返しております。
その内容たるや、これほど邪悪な悪口は見たことがないほど酷いもので、日蓮正宗信徒として断じて許し難いものです。

また、私は葬儀社を営んでいる関係から、日顯上人の御葬送に携(たずさ)わらせていただいており、全てを目の当たりに拝した者としても、顕正会の嘘八百の誹謗を看過することはできません。

よって、ここに、日顯上人の御臨終に関する全てを、ありのままに述べさせていただき、邪悪な誹謗の根を断ち切ろうとするものであります。

半眼半口で真白き日顯上人の御尊顔
死化粧もドライアイスも用いず御葬送

令和元年九月二十日の早朝、日顯上人の御令孫である広説寺御住職・阿部正教御尊師より連絡をいただき、直ちに世田谷区の大石寺中町出張所へ向かいました。

出張所に到着して、日顯上人が御遷化あそばされた二階の一室に通され、御拝顔を賜わりましたが、申すまでもなく、半眼半口にして、輝かんばかりの白き御尊顔を拝し奉り、ただただ、ひれ伏す以外にはございませんでした。

正宗信徒として込み上げる深い悲しみに浸る間もなく、御尊体を総本山へ御移送申し上げるための打ち合わせとなり、翌早朝という案もありましたが、三連休の初日にぶつかることもあって、その日の夜に出立する事となったのです。

しかして、寝台自動車の手配と、枕経の仏具を揃えるよう御下命を賜わり、総本山と協議して、午後八時に出張所を発たれる運びとなりました。

また日顯上人の御尊体は、お頭とお鬚(ひげ)を遺族と奥番の方が剃られたのみの状態で、死化粧は施さず、ドライアイスなども一切用いることなく、御遷化された時のままのお姿で御移送する、という事になりました。

これについて、顕正会員の者達が、〝日顯上人の遺体は色黒く、何度も白粉を厚塗りした〟だとか、〝部屋中に悪臭が漂っていた〟などと、見てきたような悪口を吹聴していますが、それは全くの事実無根であり、荼毘に付されるまでの御尊体の美しい色白のお肌は、御遷化の時のままであられ、また御尊体からは匂いひとつ無かった、ということを葬儀社として断言しておきます。

兜羅面(とろめん)のごとく御金言通りの妙相
納棺の以前も以後も数多の僧俗が拝顔

午後八時、御移送の時間となり、まことに畏れ多きことながら、上人の御尊体をお抱え申し上げさせていただき、御遺族の御僧侶方と、二階より一階へ階段にて、御尊体が傾かぬよう慎重に慎重を重ねてお運び申し上げ、車にお移しさせていただきました。御遷化より十二時間以上経過しているにもかかわらず、その時の御尊体の、兜羅綿(とろめん)のごとき感触と温かきぬくもりは、今でも鮮明にこの手に残っております。まさに日蓮大聖人が

「軽き事鵞毛(がもう)の如し、軟(やわ)らかなる事兜羅綿の如し」
(御書一二九○頁)
と仰せのとおりの御妙相でした。

御尊体をお乗せした車には、阿部正教御尊師と奥番の方が同乗し、奥様をはじめご遺族様、八木総監様御夫妻が随行して、総本山に向けて出立しました。
総本山まで進むその車列の、厳粛にして荘厳な様子は、しっかりと目に焼き付いております。

総本山大石寺では、山内の御僧侶方、寺族の方々、警備の方々が、合掌・唱題にて出迎えられ、車は蓮葉庵(れんようあん)に無事到着しました。
蓮葉庵の中は、既にお役の方々によって枕経の準備が整っており、大勢の御僧侶方の見守る中、御尊体を布団に御安置させていただきました。

そして、直ちに御法主日如上人猊下大導師のもと、枕経が執り行なわれました。
枕経終了後、翌二十一日午後二時四十分の御納棺まで、多数の御僧侶や有縁の寺族・信徒の方々によって、代わる代わる読経・唱題が続けられました。

よって、顕正会員の者達が言うごとき〝悪臨終の相〟だとか〝何度も死化粧を厚塗りした〟などという場面を見た者は一人としておりません。よくも、あんなデタラメを喧伝したものと、呆れ果てるばかりです。

その後、日顯上人の御霊棺は客殿へと遷され、五千人以上の僧俗が上人の御妙相を拝して感激に包まれたのであります。

デタラメ極まる顕正会員の「ハッタリ」
望みとあらば公の場で対決も辞さぬ覚悟

以上、日顯上人の御葬送に携わらせていただいた葬儀社として、事実を述べさせていただきました。
顕正会員の者達は、「悪臨終を証言する元僧侶の名前を出せたらどうする!?」などと吹っかけるそうですが、それは彼らの得意なハッタリにすぎません。全てを拝見させていただいた葬儀社として、それが事実無根の嘘であることを断言いたします。何なら、公(おおやけ)の場において、その証人とやらと対決してもかまいません。
私は真実を伝える語り部として、仏祖三宝に御奉公申し上げていく所存です。

(『慧妙』令和5年8月1日号より転載)