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元顕正会員の体験談

この目で見た顕正会の異常さ! 明神敦代さん(高知県在住)

この目で見た顕正会の異常さ

私は、平成三年、知人に勧められるまま、何の疑いも持たず顕正会に入会してしまいました。顕正会が狂信的集団で、御法主上人猊下を誹謗していることや宗門から破門されていることすら、全く知りませんでした。

そして、自宅では〝遥拝勤行〟と称する方便品と寿量品を一回通して読むだけの顕正会流の勤行を欠かさず行ない、会合にも進んで参加し、『顕正新聞』を購読し、年一回の御供養という名の資金集めにも協力し……と、すっかり浅井マジックに乗せられ、折伏とは名ばかりの勧誘活動も行なうようになって、友人や母を入会させてしまいました。

そのような中、臨時収入があるなどの利益らしきこともあるのですが、それも瞬(またた)く間に底をつき、逆に借金が増える始末となったのです。
まさに、大聖人様が「邪宗にも魔の通力によって小さな利益らしきものはあるが、後にかえって大罰がある」(要旨・御書1531頁)と教えてくださっているとおりの現証でしたが、この時の私は、顕正会が間違っているための罰などとは思いもよりませんでした。

しかし、一方では、疑問を感ぜずにいられないことが多々ありました。
たとえば、会合で記憶に残っているのは、「大地震が来る」「中国が攻めてくる」と不安を煽るものばかりでした。

また、勧誘活動においても、常軌を逸するものがありました。成果の締め切りが近くなると、「何人できたか」と班長から確認の電話がしつこくかかってくるばかりか、職場にまでやってきて、「ここで私を折伏してみせて」とロールプレイをさせられたり、こちらの都合などおかまいなしに「あなたの友人知人のところに一緒に行くから」と無理やり引っ張り出され、相手の迷惑も顧みず何時間もしつこく勧誘し続けたり、訪ねた家が留守だとわかっても、ドアをドンドン叩き、ドアノブをガチャガチャ回し、郵便物を確認したりと、私の常識では考えられないことを平気で行なうのです。

「あなたのようにはなりたくない」

私はこのようなことが嫌になり、次第に会館へ行かなくなりました。
すると、どうしたのかとしつこく電話があり、「顕正会の信心を離れたら成仏できない。幸せになれない。私たちは功徳のシャワーを浴びている。あなたもちゃんとやれば私のようになれる」と言ってくるのです。これにはつい、「私はあなたのようにはなりたくありません」と言ってしまいました。

そして、さらに衝撃的なことが起きました。ほとんど会館に行かなくなったある日、男子部のU氏が、同じ顕正会員で交際相手の女性を刺殺してしまうという大事件が起きたのです。テレビでも大きく取り上げられ、U氏は二、三日間、山中を逃亡した挙げ句、逮捕されましたが、私はこの信心をしていてどうして殺人を犯すことになるのだろうか、と思いました(※ちなみにU氏は、現在、刑期を終えて出所していますが、いまだに顕正会を熱心に信じています)。

また、私の紹介者Mさんが、ある日突然、顕正会から除名されたことも大きな疑問でした。
除名になった理由はずいぶん後になって知りました。当時、浅井の通称「夕焼け本」(※『日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ』というタイトルの、夕焼け色の表紙の本)の配布推進に全会員が狂奔していたのですが、親族の遺産(二千万円近くだったと思います)を手にした精神障害を持つ会員を、所属の班長がそそのかして、遺産のほとんどを「夕焼け本」の購入に充てようとしていたことを知ったMさんが、「障害を持つ身で遺産を全部使ったら、これからの生活に困るだろう」と意見したことが大きな原因だった、とのこと。良識ある意見を述べて除名、というのですから、本当にどういう組織なのだろうかと思います。

謗法の果報とも知らず

さて、私といえば、会館に行かなくなったとはいえ、大謗法の顕正会の教え自体は信じていたのですから、無事で済む道理はありません。五年、十年、十五年と経つうちに、だんだんと体調が悪くなり、疲れがたまるとひどいヘルペスを発症するようになりました。その上、毎年二月頃には必ず熱が出て寝込むようになり、ついに、過労でドクターストップが出てしまうほど体力が落ちてしまいました。

この時、背中に脂肪の塊ができて、それがゴルフボールほどに大きく硬くなり、息をしただけで激痛が走るようになっていました。医師からは、すぐに手術をするよう言われたのですが、時間的にも経済的にも全く余裕がない状況で、放っておくしかありませんでした。加えて、仕事上の人間関係にも疲れ果て、本当に私は心身ともに疲弊しきっていました。

そして、顕正会の幹部の言動に疑問を感じてはいたものの、顕正会自体が間違っていることに気付かなかった私は、あろうことか、再び顕正会の活動に救いを求めてしまったのです。

しかし、顕正会の活動をすればするほど、さらに事態は悪化していくばかりで、さすがに、顕正会は本当に正しいのだろうか、と思うようになりました。そして、当時、インターネットにホームページを開設していた、法華講員の渡辺さんの顕正会破折の記事を読む機会を得たのです。

そこで、浅井が熱弁していた「いついつソ連が攻めてくる」「いついつ中国が攻めてくる」等の予言が全て事実に反していたこと、『顕正新聞』に載っていた「猊下の芸者遊び写真」もじつは偽造されたもので、しかも、豊富に思わせていた浅井の知識や情報の多くが創価学会や正信会の受け売りであったこともわかりました。

顕正会はとんでもない大謗法団体であると知った私は、「顕正会にいたら大変なことになる」と恐ろしくなり、渡辺さんを通して、徳島在住の法華講員を紹介していただき、話を聞きました。そして、平成二十年十一月三日、母と共に徳島市の正宗寺院で御授戒をいただき、晴れて日蓮正宗の信徒となることができたのです。

法華講員となって知った本当の功徳

それからは、母と共に励まし合って、五座三座の正しい勤行に励んでいきました。また、『誠心』(暁鐘編集室発行)という本を読んだ時には、ものすごい衝撃を受けました。顕正会の折伏理論だの何だのという本を〝素晴らしい〟などと思っていた自分が本当に恥ずかしく、「大聖人様の信仰とはこんなにも深いのだ」との感激がみなぎり、正しい仏法のこと、正しい信仰のことを教えていただける法華講に巡り会えたことが、本当に有り難い、と思いました。

また、入信して半年後に初めて総本山に登山して、戒壇の大御本尊様の御開扉を受けた感激は、今も忘れることはありません。大謗法の異流義に関わったことを心から懺悔させていただきました。

そして、かつて顕正会に入れてしまった友人達には本当に申し訳のないことをしてしまったと思い、また自らの罪障消滅のためにもと、一念発起して、ほぼ全員を折伏していきました。こちらが真剣に話しているのに適当にあしらわれたり、まじめに聞いてくれなかったりということが続きましたが、そのようなある日、背中にあったゴルフボール大の脂肪の塊(かたまり)が柔らかくなり始め、みるみるうちに溶けるようにして跡形もなく消えてしまったのです。

本当に不思議なことが起きた!と驚くと同時に、やはり、正しい信心は大石寺にしかなく、正しい御本尊様のお力は絶対だ!と、強く確信することができた体験でした。
その後も、早く罪障を消したいと思い、仕事関係の知り合いを片っ端から折伏していく中、不思議な形で、顕正会時代に総班長をやっていた方を入信に導くことができ、それからは対象者が次々と入信決定して、眷属が増えていきました。

講中では、折伏は成仏するために欠かせない修行であることを常に教えていただき、顕正会時代の勧誘活動とは違い、楽しく精いっぱいさせていただいています。
また、入信当時は経済的にも厳しい状況でしたが、往復四時間以上をかけて、多い時には月に5回、徳島市で開催される講中の会合に参加させていただきました。

とにかく会合はどれも、顕正会のそれとは比較にならないほど充実しており、参加するたびに、教わる全てがキラキラと輝いて私の心を正しい道に導いてくれ、心からの感激と発心をさせていただけるのです。それは何年経っても、何十回、何百回参加しても変わりません。本当に楽しみにして、可能なかぎり参加させていただいています。

そして、顕正会では全く知ることができなかった、登山(総本山参詣)の意義や功徳、御供養の意義・功徳や志なども、丁寧に教えていただき、登山も可能なかぎりさせていただいていますし、御供養にも機会あるつど、精いっぱいの志で臨ませていただいています。このように、正しい仏道修行に励んでくる中、本当に数え切れない功徳を頂戴しました。

私自身は、本当に体力もつき、ヘルペスで悩まされることも全くなくなり、むしろ、周りの人から「いつも元気ですね」と言われるほど健康になりました。入信三年目には、異流義の顕正会で積んだ罪業の果報でしょう、リウマチを発症したのですが、罪障消滅を願って信心に励んだところ、いつしか症状は全く出なくなりました。今では薬も飲んでいないのですが、何の支障もなく普通に生活できています。

経済面でも格段に安定してきましたし、顕正会に巻き込んでしまった母も、精いっぱい信心してくる中、聞こえにくかった耳が良く聞こえるようになったり、膝の半月板を損傷しているために常に痛みがあって階段の昇り降りが大変だったのが、ある時の御開扉直後から痛みが全く消え、スイスイ歩けるようになり、脳梗塞になった時も、不思議な御加護をいただいて三ヶ所あった梗塞が全て消えてしまったり、乳ガンも克服できたり、と、御本尊様にたくさん守っていただいてきました。

あのまま顕正会にいたら、私も母も、心身共に病んでしまい、今頃は生きていなかったかもしれません。今、こうして正しい信仰をさせていただけている我が身の福運を御本尊様に心から感謝申し上げ、まずは、令和三年の御命題に向けて身を惜しまず精進し、哀れな顕正会員を一人でも多く救ってあげたい、と決意しております。