元顕正会員の体験談

顕正会には正義(しょうぎ)も功徳もなかった!法華講で知った真実の教えと本当の功徳② 森本芳美さん

【前回まで】
顕正会の高知会館で入れ替えられた〝常住御本尊〟が、やたら新しい上に安っぽくて、どう見ても不自然だったので、その疑問を先輩に話した直後、顕正会から一方的に「出入り禁止」を言い渡されてしまったのが、平成十一年の夏。

それまでの八年間、顕正会で熱心に活動してきたことで刻んでしまった罪障は、その後も私の生活に容赦なく襲いかかってきました。仕事はうまくいかず、経済的にも精神的にも追い詰められるばかりだった平成二十二年、私は、スーパーマーケットで偶然、顕正会時代の知り合いであった明神さんに出会いました(ここまで前回〈三月十六日号〉に詳述)。

法華講員との出会いが転機に
折伏に反発して現罰で気づく

明神さんがまだ顕正会員だと思った私は、「出入り禁止になった私と会ったことがバレたら、大変なことになるんじゃないの?」と言ったところ、なんと、明神さんは「私も顕正会は辞めたから」と言うではありませんか。

聞けば、明神さんは、その一年ほど前に顕正会を辞めて法華講員となり、知り合いの顕正会員を片っ端から折伏していく中、私と連絡が取れないことを心配してずっと御祈念していた、とのことでした。

明神さんは、顕正会がとんでもない謗法団体であることや、正しい信心は日蓮正宗の大石寺にしかないことを熱心に話してくれました。しかし私は、顕正会の時のトラウマから「二度と信仰はやらない」と言い張って、その後も半年間、明神さんの折伏から逃げ回りました。
ところが、その半年間、私の身には、車が壊れて修理代がかかるわ、自宅の水道管から水が漏れて水道代が異常に跳ね上がるわ、その修繕費が用意できないわ、おまけに車検が通らないわ、等々、もともと金銭的に苦しんでいたところへ追い打ちを掛けるような事態が、次から次へと起きてきたのです。

とうとう私は、自分がこんな目に遭うのは仏罰だと気づくことができ、それまで私を見捨てず折伏し続けてきてくれた明神さんのおかげで、平成二十二年六月、御授戒を受け日蓮正宗に入信することができました。

功徳の現証、顕正会とは大違い!
次から次へと溢れ出た涙のわけ

法華講員となってからは、「顕正会で積んでしまった罪障を消したい」との思いで、毎日、勤行唱題に励み、四ヵ月後の十月には念願の御本尊様を自宅にお迎えすることができました。すると、八方塞がりだった金銭的な問題が不思議な形で次々と解決していったのです。悪くなる一方だった顕正会の時とは大違いです。

御授戒を受けたばかりの頃は「折伏だけは絶対にしたくない」と言っていた私ですが、「これが本物の御本尊様の功徳なのだ! すごい!」と感激したとたん、折伏がしたくてたまらなくなり、実践するようになりました。

また、翌・平成二十三年一月に初めて総本山大石寺に登山して、本門戒壇の大御本尊様の御開扉を受けた時には、次から次へと涙があふれ出てきて、身体(からだ)中の毒が一気に洗い流されたような爽快感を味わいました。あの時の、生命が震えるような、たとえようのない深い感動は、一生忘れることがないと思います。

その後は、御講参詣や会合参加、御供養なども精いっぱい心がけてきました。そうした中で、生活上・人生上で本当に御本尊様に守っていただきました。

保険の営業は、成績が全てと言っても過言ではないのですが、法華講で正しく信心するようになってからは、ずっと一定の成績を出し続け、入信前の失敗によって大きく損なっていた社内での評価も回復して、マネージャーとして返り咲き、定年まで第一線で働き続けることができました。

このようなことは、御本尊様の功徳なくしてはあり得ません。おかげで、カードローンの返済に追われる生活からも脱出でき、以前とは比べものにならないくらい、穏やかな毎日を送れるようになりました。

また、そもそも顕正会に入会する動機であった父の追善供養についてですが、当時の顕正会では彼岸やお盆の法要が奉修されることはなく、もちろん塔婆供養もありませんでした。せめてお墓参りには行きたいと思って、そのことを先輩に伝えたところ、「そんなことより活動しなさい! それが供養になるのです!」と一蹴(いっしゅう)されてしまいました。
そのように言われてしまうと、何の疑問も持たずに「そうか」と思ってしまうのが、邪宗の害毒で判断力を失ってしまった姿で、洗脳の恐ろしさです。今から思えば、亡き両親には本当に申し訳ないことをしてしまいました。

しかし、法華講員となってからは、理境坊の御住職に父と母の戒名を付けていただき、過去帳も作りましたので、毎日の勤行の時はもちろん、命日には必ず正しい御題目で回向できるようになって、嬉しいかぎりです。塔婆供養も機会があるたびにさせていただいています。

競い合いの顕正会との違い歴然
友の幸せを我が喜びと感ずる心

さらに最近は、顕正会時代には味わえなかった喜びを感じています。というのも、私が折伏して一緒に信心している元顕正会員の方をはじめ、眷属(けんぞく)の方達の身にも、次々と御本尊様の功徳が顕われてきているのです。

元顕正会員のHさんは、十年ほど前に顕正会を辞めて御授戒を受けたものの、仕事が忙しくなかなか会うことができませんした。しかし、一昨年来のコロナ禍の中で、私の仕事の休みが取れるようになり、講中の先輩にも同行していただいて、たびたび訪問する中、五座三座の勤行ができるようになり、オンラインではありますが、勉強会や座談会などの会合にも参加するようになりました。

Hさんは、さまざまな会合に参加するたびに、「顕正会とは全く違う。法華講に入って良かった」と感激を口にしていました。

そして、一昨年秋に念願の御本尊様を自宅にお迎えできたのですが、その後のHさんは、表情がみるみる明るくなって生命力に溢れ、コロナ禍の中でも、ほぼ毎日仕事が入るようになって、御本尊様に守っていただいていることに感激しています。

また、やはり元顕正会員のEさんは、かつてEさん自身が顕正会に入れてしまった御主人と娘さん二人を折伏し、家族四人、共に法華講員として信心するようになりました。

Eさんの長女Kさんは、顕正会時代の害毒で中学二年の時に不登校になり、夜は眠れず、昼夜逆転の生活で、高校進学は難しい状況でした。ところが、総本山大石寺に参詣した際、宿坊で他の人達と一緒の宿泊だったにもかかわらず、ぐっすり眠れたのです。それ以来、喜んで御題目を唱え、会合にも積極的に参加するようになったKさんは、希望の高校に入学でき、友達もたくさんできて、部活で賞を取ったりと、楽しい高校生活を送っています。

また、Sさんも、元顕正会員で、顕正会の害毒により精神的な病で大いに苦しむ中、私に助けを求めてきて、日蓮正宗に入信できた方です。入信後のSさんは、五座三座の勤行はもちろん、御講、登山、会合参加と励んでくる中、徐々に病気が落ち着いてきて、今では仕事で忙しいながらも充実した毎日を過ごせるようになっています。

そのほかにも、職場の同僚やその家族なども入信し、きちんと信心を続けている方は、皆さん、御本尊様の功徳に浴して感謝の毎日を送っております。

そして、私自身、御本尊様の御力に感謝・感激し、皆が幸せになっていくことを心から嬉しく思える―そういう境涯になれたことも、やはり正しい信心のおかげであり、御本尊様の功徳だと思います。競い合うことが常だった顕正会時代には、こんな喜びを感じたことはありませんでした。

今後、さらに法華講員として正しい信心を身に刻んで、よくわからずに異流義に騙(だま)されている人達を救っていけるよう、折伏に精進してまいります。

(令和4年4月16日号『慧妙』より転載)