浅井昭衛の死相確認の顛末を詳細に明かす
城衛は火葬場で目撃者A氏と対面していた!
すでにご承知のように、昨今、顕正会では、日達上人・日顯上人の御臨終について、根も葉もない悪口誹謗(ひぼう)を浴びせ、それに対する本紙からの破折に対して、何の証拠も証人も出せないまま、讒言(ざんげん)を繰り返している。
それに加えて、一昨年に急死した顕正会会長・浅井昭衛の臨終について『冨士大石寺顕正会初代会長浅井昭衛先生〈特別追悼号〉』なる冊子を作成し、信仰していない一般人にまで、浅井の臨終の相について偽(いつわ)りの大絶賛を行なっている。
そのあまりの異常な姿に義憤(ぎふん)を感じた一法華講員から、「顕正会員の目を覚まさせるため、ぜひ役立ててほしい」と「手記」が送られてきた。
その法華講員とは、何を隠そう、一昨年、浅井昭衛の葬儀が営まれた際、浅井の死相を至近距離で確認することのできたA氏である。以下にその手記を掲載する。
A氏の手記
日蓮正宗では、たとえ邪宗・謗法の者であっても、当人の死去後は追善供養することが許されている。
ゆえに私は、これまで種々の嫌がらせを仕掛けてきた顕正会という団体の会長・浅井昭衛の死去を聞いて、すぐに御本尊様に追善回向の唱題をした。
さらに私は、浅井会長の遺体に直接、題目を回向しよう、との思いで戸田葬祭場へ向かった。
それは、他宗の葬儀に従って読経したりすることは信仰上できないが、火葬場で遺体に直に向かって回向することは許される、と考えたからである。
二〇二三年十月二十一日
一三時〇〇分 戸田葬祭場へ到着。本館受付に浅井昭衛の見送りで来たことを告げたところ、「火葬場へ向かってください」と案内される。
一三時一五分 火葬場へ入る。
一三時二〇分 職員から「どちらの火葬をお待ちですか?」と尋ねられ、「浅井昭衛さんです」と答える。
すると職員から「浅井家の火葬は一三時四〇分です」と教えられ、さらに霊柩車(れいきゅうしゃ)が入るゲートまで案内された。
葬祭場には、浅井の葬儀の様子を確認しようと、妙観講のメンバーも来ていたようだが、中までは入らなかった。
一三時四二分 浅井の遺体を乗せた霊柩車が到着、細長い箱(導師曼荼羅と思われる)を横に持って合掌した燕尾服の壮年(儀礼室・横田と思われる)の先導で火葬場内へ棺が運ばれる。
それに続く参列者は、入場順に、【1】白木位牌を持った壮年(長男・克衛と思われる)、【2】遺影を持った婦人(長女・昌子と思われる)、【3】婦人(中年)、【4】車椅子の壮年(高齢)、【5】車椅子を押す男性(青年)、その後にほぼ同列で【6】婦人(中年)【7】男性(青年)【8】浅井城衛【9】婦人(中年)、以上の合計九名だった。

葬祭場の女性職員より「奥へどうぞ」と促(うなが)され、私は他の参列者と共に奥に進んだ。火葬炉までの距離は約六十m、三つのゲート(自動扉)を通った。
一三時四五分 火葬炉・特別殯館(ひんかん)の入り口前に到着し一旦待機。
一三時四六分 職員の「中へどうぞ」との案内により、特別殯館のお別れの場所へ誘導される。
一三時四七分 職員より「それでは、最後のお別れをしてください」と案内され、棺の中の浅井昭衛の死相を、参列者が順次確認した。その一番最後に、私も死相を確認した。

そこで目の当たりにした浅井昭衛の死相は次の通りだった。
時間の経過まで詳細に綴られた手記
遺体を目の前で舐めるように観察
少し離れた位置(遺体から見て右斜め上)から見たときは、浅井の顔は、眼は普通に閉じていて、一見穏やかそうに見え、よく見る顕正新聞に出ている浅井の顔であった。
この時、私は心の中で「うわっ! 本物の浅井昭衛だ! でも、思ったより白くて穏やかな顔をしてるな」と思った。
その直後、職員より手招きされ「最後ですよ、お別れをどうぞ」と、もっと間近で見るように促された。
そこで、遺体の顔から至近距離(三十~三十五㎝位)まで近づいて、浅井昭衛の死相を約十五秒ほど見る事ができた。
そして、先ほど見た時の印象とはあまりに違う、浅井昭衛の本当の死相に愕然(がくぜん)としたのである。
首には化粧の境目、唇は地色が浮かんで赤紫色に!
じっくりと舐(な)めるように観察したその死相は、半眼半口などではなく、目はしっかりと閉じ、口はキツく横一文字に結ばれていた。
そして顔には、間違いなく、死化粧が厚く施されているのがわかった。
なぜなら、顔面と喉元(のどもと)とは明らかに違う色と質感で、その境目も確認できたからであり、顔の表面は不自然に白く、粉っぽく見えた。
特に驚いたのは唇であった。素の色を隠すためであろう、一直線にしっかりと赤い口紅を塗ってあるものの、その下から地色が浮かび出て、ドギツイ赤紫色となっていたのである。
白く化粧された顔と、その唇の赤紫色とのギャップが更に不自然で、ギョッとしてしまった。
しかも、よく見ると、唇の処々に黒く変色した箇所も見えているではないか。
私は心の中で「うわ~、これは成仏の相なんかじゃない。これをいくら白く塗って、豪華な火葬炉で火葬しても、堕地獄は間違いないな。かわいそうに」と、哀れにすら思った。
だが、これ以上、観察していることは不自然であると思い、私は棺から離れた。
この時、参列者の中の二~三名は、私が心から浅井の罪障消滅・追善供養を祈ったものと感じたのか、私に会釈(えしゃく)をしてくれた。

一三時五一分 浅井の火葬を待たずして、私はその場を離れ、外へ出た。
一三時五四分 興奮の冷めやらぬ私は、その場から知人の信徒に電話をかけ、見てきたばかりの浅井昭衛の死相について報告した後、車で帰宅したのであった。
なお、私は少し絵心があるので、後々記憶が薄れてもいけない、と思い、見てきたばかりの浅井の死相を写実的なイラストにしたが、これは遺族の心情に配慮して公開していない。
(つづく)